ミニマリストを目指して失敗した話。大事だったのは物の少なさではなかった

整える暮らしシリーズの片付け系アイキャッチ画像 整える暮らし

ミニマル生活に憧れて、物を減らしていた時期がありました。でも、減らせば減らすほど暮らしが整うわけではありませんでした。

当時の私は、「物が少ない暮らし」にかなり惹かれていました。まだ家族と暮らしていた頃の話です。部屋がすっきりしていて、探し物が少なく、掃除もしやすい。そんな暮らしに憧れて、まずは家の中の物を減らすことから始めました。

たしかに、物が減ると気持ちは軽くなります。棚や引き出しに余白ができると、それだけで整った気分にもなります。

でも、続けていくうちに気づきました。「減らすこと」そのものが目的になると、暮らしは逆に不便になることがあるのだと。

失敗1:必要な物まで減らして、逆に不便になった

最初の失敗は、必要な物まで減らしてしまったことです。

「これはなくても何とかなるかもしれない」「似たような物があるから、手放しても大丈夫」「持ちすぎはよくない」。そんなふうに考えて、日用品や服、収納用品などを減らしていました。

もちろん、本当に使っていない物を手放すのはよかったです。管理する物が減ると、掃除もしやすくなりました。

ただ、中には減らしすぎて困った物もありました。たとえば、替えの少ない服。洗濯のタイミングが少しずれるだけで、着たい服がない。タオルや日用品も、ギリギリまで減らすと、洗濯が一日ずれただけで足りなくなる。

物は減ったのに、「今日洗濯しないと明日困る」と考える回数が増えてしまい、逆に生活の自由度が下がっていました。

収納用品を減らしすぎた時も同じです。見た目はすっきりしても、戻す場所があいまいになると、結局テーブルや棚の上に一時置きが増えてしまいました。

物は減ったはずなのに、考えることは増えていました。

少ないことよりも、必要な時に必要な物があること。そのほうが、日々のストレスは確実に減ります。

物を減らしすぎた暮らしを表す、余白の多い棚

失敗2:家族との温度差を考えていなかった

当時、家族と暮らしていた頃に感じたのが、価値観の温度差でした。

自分は「物を減らしたい」と思っていても、家族が同じ感覚とは限りません。

私はすっきりした棚を見ると気持ちがいい。でも、家族にとっては「いつもの場所にあった物がない」「勝手に変えられた」と感じることもあります。

自分にとっては不要でも、家族にとっては必要な物があります。使う頻度が少なくても、安心のために置いておきたい物もあります。思い出として残しておきたい物もあります。

そこを考えずに、「これは使っていないからいらないよね」と判断してしまうと、暮らしは整うどころか、少しギスギスします。

ミニマル生活は、自分だけの部屋なら自分の判断で進められます。でも、家族と暮らしているなら、家は自分だけのものではありません。

家族が使いやすいか。家族が困らないか。家族にとっても安心できる状態か。そこまで含めて考えないと、ただの自己満足になってしまうと感じました。

家族それぞれの物が共存する、落ち着いたリビング

失敗3:「少ないこと」にこだわりすぎていた

三つ目の失敗は、「少ないこと」にこだわりすぎていたことです。

物を減らし始めると、だんだん数が気になるようになります。服は何着まで。食器は何枚まで。収納はこれ以上増やさない。そういう基準を持つこと自体は悪くありません。

ただ、私の場合は「少ないほうが正解」と思い込みすぎていました。

本来は、暮らしをラクにするために物を減らしていたはずです。それなのに、いつの間にか「もっと減らせないか」「これは持ちすぎではないか」と考える時間が増えていました。

介護の仕事でもそうですが、現場では「理想の形」よりも「実際に回る形」が大事だと感じます。どれだけ見た目が整っていても、動きにくかったり、探しにくかったり、誰かに負担が寄っていたら続きません。

暮らしも同じでした。

大事なのは、物の数より「迷い・管理・手間」

今は、物の数そのものにはあまりこだわっていません。

それよりも意識しているのは、迷い・管理・手間を減らすことです。

たとえば、服の数を極限まで減らすより、「朝に迷わない服だけにする」。日用品をギリギリまで減らすより、「在庫がひと目でわかる量にする」。収納を空っぽに近づけるより、「疲れていても戻しやすい場所にする」。

このほうが、実際の暮らしはずっとラクになります。

迷いと手間を減らす、整った玄関収納

自分がラクに暮らせるなら、それがちょうどいい

今の結論は、とてもシンプルです。

自分が——そして一緒に暮らす人がいるなら、その人も——ラクに暮らせるなら、それがちょうどいいミニマル生活です。

物が多すぎて管理できないなら、減らしたほうがいい。でも、少なすぎて不便になるなら、少し増やしてもいい。一緒に暮らす人がいるなら、その人の使いやすさを、見た目のすっきり感より優先していい。

ミニマリストらしい暮らしに合わせるのではなく、自分たちの暮らしに合う形を探す。そのほうが、無理なく続きます。

今でも、物を減らすことは好きです。余白のある暮らしも好きです。ただ、以前よりも「減らす前に、どうしたらラクになるか」を考えるようになりました。

ミニマル生活は我慢大会ではない

ミニマル生活は、我慢大会ではありません。

少ない物で耐えることでも、家族に同じ価値観を押しつけることでもありません。

暮らしを軽くするための手段として、物を減らす。そう考えるようになってから、ずいぶん気持ちがラクになりました。

大事なのは、物の少なさを競うことではなく、毎日の迷い・管理・手間が少し減ること。

そのために必要なら、物は持っていていい。

今の私にとってのミニマル生活は、「少ない暮らし」ではなく、「管理しやすい暮らし」です。

完璧に減らすより、ちゃんと回ること。それくらいの温度感が、今の暮らしにはちょうどいいと感じています。


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