「捨てたあとに後悔したらどうしよう」
物を減らそうとするたび、その不安で手が止まる。捨てる候補を袋に入れたのに、結局また棚に戻してしまう。夜勤明けや連勤のあとは、そもそも判断する力が残っていない日もある。
——そんなふうに、「後悔が怖くて、捨て活が進まない」人に向けて書きます。
私はこれまで、服、紙類、収納用品、細かい便利グッズと、いろいろな物を手放してきました。そして今、振り返って言えることが一つあります。
捨てて後悔したものは、ほとんどありませんでした。
「ほとんど」と書いたのは、正直に言うと、「これは残しておいてもよかったかな」と思った物が、ゼロではないからです。ただ、それも「あれば少し便利だったな」くらいのもので、生活に困るほどの後悔は、一つもありませんでした。
これは、これから捨てる人への「大丈夫だった」という報告です。なぜ後悔しなかったのか。どうやって手放したのか。捨てたあとの暮らしがどうなったのか。実際にやってみた結果を、まとめておきます。

捨てられないのは、決断力がないからではない
まず言っておきたいのは、捨てられないのは、あなたに決断力がないからではない、ということです。
「いつか使うかもしれない」「また買うことになったらもったいない」「必要になったら困る」——そう考えるのは、ごく自然なことです。特に、収入に余裕がないと、「また買い直す」のは現実的な痛みです。慎重になるのは、むしろ真っ当な感覚だと思います。
ただ、手放す前に、一つだけ見てほしいことがあります。
残している物には、二種類あります。「必要だから残している物」と、「不安だから残している物」です。
使う予定があるから残している物と、使う予定はないけれど、捨てるのが怖いから残している物。私の部屋には、後者が思っていたよりずっと多くありました。
この二つを分けて見るようになってから、捨て活は少しずつ、進むようになりました。
後悔しなかったのは、性格ではなく「順番」のおかげ
捨てて後悔しなかったのは、私が思い切りのいい性格だからではありません。順番を守っただけです。
いきなり大事な物から、捨てなかった。 それだけです。
最初に手放したのは、明らかに使っていない物でした。
- 長い間着ていない服
- なんとなく残していた紙類
- 使いにくいのに置いたままだった収納用品
- 「いつか使うかも」と思っていた小物
こういう物から、少しずつ手放していきました。最初に手放すのは、「必要か、不安か」で見たときに、明らかに不安だけで残している物からで十分です。必要な物まで、無理に減らす必要はありません。
判断に迷わない物から始めると、「捨てても何も起きない」という経験が、先にたまっていきます。その経験が、次の一つを手放すときの、安心材料になりました。
手放すか迷ったときは、この三つで考えました。
「これは、今の生活で使っているか」「なくなったら、本当に困るか」「また買い直してでも、必要か」
そう見ていくと、意外なほど「なくても困らない物」が多いことに、気づきました。
もう一つ、順番には工夫がありました。値段の安い物・消耗品から手放したことです。仮に判断を間違えても、数百円で買い直せる物なら、傷は浅い。高かった物や、買い直しにくい物は、後回しにして、じっくり見ればいい。収入に余裕がないからこそ、「間違えても痛くない物」から練習していく。この順番が、私には合っていました。
迷う物は、無理に捨てなくていい

ここが大事なところですが、迷っている物は、捨てませんでした。
ミニマルな暮らしに憧れると、つい「もっと減らさないと」と思ってしまいます。でも、迷っている物まで勢いで捨てると、そこで初めて、後悔が生まれます。
私のやり方は、ゆるいものです。迷った物は、いったん保留。箱や袋に分けて、しばらく暮らしてみる。それでしばらく使わなければ手放す。やっぱり必要だと思えば、残す。
つまり、「後悔しなかった」のは、後悔しそうな物を、最初から捨てていないからでもあります。それでいいのだと思います。捨て活は、度胸試しではありません。
物を減らすことが目的になると、暮らしは窮屈になります。暮らしを楽にするために減らすなら、迷う物を無理に捨てる必要は、どこにもありません。
一人暮らしは、自分のペースで進められる
一人暮らしの捨て活には、一つ、いいところがあります。全部、自分の物だということです。
誰かに確認しなくていい。誰かの思い入れを気にしなくていい。今日は一段だけ、来週は引き出し一つだけ、と自分のペースで進められます。
介護の仕事をしていると、まとまった休みに一気に片づける、というのはなかなかできません。夜勤明けの日は、捨て活どころではない。だから私は、調子のいい日に、一か所だけ、と決めていました。
進みは遅くても、かまいません。むしろ、少しずつ進めたことが、結果的に「観察しながら手放す」ことになって、後悔を減らしてくれた気がします。
捨てたあと、何が変わったか
手放したあとの暮らしで、一番変わったのは、部屋の見た目ではありませんでした。
頭の中の、確認作業が減ったことです。
どこにしまったか。まだ残っているか。どれを使うか。どこを片づけるか。物が多いと、そういう小さな確認が、毎日の中に埋まっています。物が減ると、その確認ごと消えていきます。
探し物が減り、掃除がしやすくなり、持っている物を把握しやすくなった分、買い物の失敗も少しずつ減りました。
夜勤明けで帰ってきた日に、物の多い部屋を見ると、それだけで少し疲れます。片づける気力が残っていない日は、物を見て判断することすら重い。だから、持ち物が減って、部屋が「考えることの少ない場所」になったことは、私には見た目以上に大きな変化でした。それが、捨て活の一番の収穫でした。
「不安で残していた物」は、手放しても大丈夫だった
やってみて分かったことを、正直に書いておきます。
紙類は、かなり手放しても困りませんでした。ただし、契約書、保証書、賃貸関係、税金、年金、医療、保険、職場関係など、あとで必要になる可能性がある書類は別です。私が手放したのは、古いチラシ、期限切れのお知らせ、ネットで確認できる取扱説明書など、明らかに残す必要が薄いものからでした。紙類こそ、勢いで捨てるより、「残す書類」と「見返していない紙」を分けるところからで十分です。
収納用品も、物が減ると役目を終えるものが出てきました。収納するための物を持ち続けるより、収納しなくても済む量にするほうが、私には合っていました。
もちろん、すべての人に同じ基準が当てはまるわけではありません。残したほうが安心できる物は、残していい。
それでも、一つ言えるのは——「必要だから置いている」と思っていた物の中に、実際には「手放すのが怖いから残している物」が、けっこう混ざっていた、ということです。そして、そういう物は、手放してみると、不安ごと消えていくことが多かったのです。
考えてみれば、当たり前かもしれません。「不安だから残していた物」は、そもそも使っていない。使っていない物が消えても、暮らしは変わらない。変わるのは、それが目に入るたびに感じていた、小さな引っかかりが消えることだけでした。
今日できる、小さな一歩

今日は、一つだけ。
「これは、必要だから残しているのか。不安だから残しているのか」——部屋の中の一つに、この質問をしてみてください。
捨てなくて大丈夫です。今日は、分けて見るだけ。
もし「不安だから」の物が見つかって、手放すか迷ったら、まずは箱に入れて、捨てずにしばらく暮らしてみてください。一週間、二週間、できれば一か月。その間に一度も使わず、存在を思い出すことも少なければ、「今は常に出しておかなくてもいい物」かもしれません。まだ捨てていないのだから、必要だと思えば、箱から戻すだけで大丈夫です。
後悔しない捨て活は、思い切りではなく、この小さな観察の積み重ねでした。
おわりに
捨てて後悔したものは、ほとんどありませんでした。
それは、勢いで捨てなかったから。使っていない物から順番に手放して、迷う物は保留にして、自分の暮らしを観察しながら進めたからです。
「後悔したらどうしよう」という不安は、消えなくていい。その不安ごと、少しずつ確かめながら進む。少なくとも私にとっては、捨て活は、そうやって暮らしを少し軽くするきっかけになりました。
これから捨て活を始める人の、「大丈夫だった」という一つの実例として、この記事を置いておきます。
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