休憩中にスマホでゲームをして、時間はあっという間に過ぎたのに、なぜか休んだ気がしない。そんなことがあります。
仕事に戻る頃には、頭も体も、休憩前とあまり変わっていない。むしろ、ゲームの続きが気になって、余計に気が散っていることさえあります。
限られた休憩時間を、少しでも気分転換になることに使いたい。そう思うのは、自然なことだと思います。
私も以前は、休憩のたびにスマホでゲームをしていました。今は、休憩中はできるだけ情報を入れないようにしています。

ゲームで休んでも、休んだ気がしなかった
以前は、休憩に入ると、まずスマホを開いてゲームを始めていました。
指を動かして、画面を見て、次の展開を考える。15分や30分は、あっという間に過ぎます。画面に集中している間は、確かに仕事のことを忘れられます。
きっかけになった日のことは、今でもよく覚えています。その日は午前中が忙しく、かなり疲れていました。昼食を済ませたあと、気分転換のつもりでゲームを始めました。
ふと気づくと、休憩時間はほとんど残っていませんでした。あっという間に時間が過ぎていたのに、休んだ気がまったくしませんでした。午前中の疲れがそのまま残っているような感覚で、午後の仕事に入りました。
そんな状態が、何度か続いていました。
休憩室は、いろいろな職種が集まる大会議室
日勤帯の休憩は、休憩室として使っている大会議室で取ります。
その部屋には、事務、介護、看護、リハビリなど、いろいろな職種のスタッフが集まって、それぞれ自分の食事を食べています。部屋の中には、椅子とテーブルだけが並んでいます。
私は、食事を済ませたあとは、会議室の外の廊下へ移動することが多いです。廊下にはソファと、大きめの一人掛け椅子が置いてあります。そこに座って、目を閉じて過ごします。
同じ休憩室の中にいても、大勢の中で過ごすのと、一人で座れる場所に移るのとでは、休まり方が違うように感じています。声が飛び交う部屋の中にいるだけでも、耳から情報が入ってきます。廊下に移るだけで、それも少し減らせます。

仕事中は、ずっと周りに注意を払っている
介護の仕事は、休憩以外の時間、ずっと周囲の様子を見ています。
利用者さんが今どんな様子か、目で確認します。顔色は普段どおりか、歩き方はいつもと同じか。他のスタッフが今どこで何をしているかも、頭の片隅で把握しています。次の時間に何をする予定か、今どのタイミングで動くべきか。こうした判断を、休憩に入る直前まで続けています。
休憩中まで画面を見て何かを判断していると、頭を使う時間が途切れません。ゲームであっても、次にどう動くか、どこを狙うかを判断しています。仕事中の判断と、休憩中の判断が、途切れずにつながってしまっているような感覚でした。
休憩は、情報を入れないことにした
今は、休憩中はできるだけスマホを見ないようにしています。ゲームもSNSも、あえて触らないようにしています。
休むというのは、何かをすることではなく、情報を入れないことだと思っています。
私の場合、ゲームをしている間も、次にどう動くか、どこを狙うかを考えていました。仕事とは内容が違っても、「何かを判断している時間」がそのまま続いているように感じていました。
ゲームをやめてから気づいたのは、「休憩=好きなことをする時間」ではなく、「休憩=頭を使わない時間」の方が、自分には合っていたということでした。
食べたあとは、目を閉じて呼吸に集中する
食事を済ませたあとは、目を閉じて過ごしています。
15分から30分ほど、そのまま仮眠を取ることもあります。眠れない日は、自分の呼吸に意識を向けて過ごします。
目を閉じて、鼻から3秒吸って、7秒かけて吐き出す。その呼吸を2分ほど繰り返します。息を吸ったときに鼻を通る空気の流れと、吐き出したときの空気の感覚だけを追いかけます。2分ほど経ったら、普通の呼吸に戻します。
目を閉じているだけで、新しく入ってくる情報はかなり減ります。何かを判断する必要もありません。仮眠が取れてもとれなくても、情報が入ってこない時間そのものに意味があると感じています。
呼吸に集中する方法は、サウナで「ととのう」ことに興味を持ったのがきっかけでした。寝つきが悪い日に使える方法を調べているうちに、ヨガニドラを知りました。それを、休憩中に目を閉じる時間にも取り入れるようになりました。
情報を入れない、はスマホに限らない
休憩中に情報を入れないというのは、スマホを見ないことだけではないと思っています。
同僚との会話も、雑誌や本を読むことも、頭に新しい情報を入れるという意味では同じです。誰かと話すこと自体が悪いわけではありませんが、判断や反応を求められる会話が続くと、それもまた頭を使う時間になります。
介護の仕事に限らず、判断を求められる仕事はいろいろあると思います。接客、電話対応、事務処理、人をまとめる立場。休憩中まで新しい情報や刺激が入ってくると、仕事中の判断がそのまま続いているような感覚になる人は、他の仕事にもいるのではないかと思います。
もちろん、休憩中に誰かと話したり、SNSを見たりすることで気分転換になる人もいます。何を「休む」と感じるかは人それぞれです。私の場合は、情報を減らすことが一番休まる、というだけの話です。
夜勤の休憩は、2時間のまとまった時間がある
夜勤の休憩は、日勤や早出・遅出の休憩と違って、2時間ほどまとまった時間があります。
私の場合、そのうち1時間30分くらいを仮眠に使っています。残りの時間で身支度や食事を済ませます。
日勤や事務仕事のように毎日同じ時間に休憩を取る仕事と比べると、シフト勤務は日によって休憩の長さも位置も変わります。まとまった休憩が取れる日もあれば、細切れにしか取れない日もあります。
夜勤の2時間と日勤の休憩では、同じやり方をしているわけではありません。休憩の長さに合わせて、私は使い方を変えています。
情報を減らすと、午後への切り替えがしやすくなった
ずっとスマホを見ていた頃と比べると、情報を減らすようになってから、頭が少しすっきりしていると感じます。
午後の仕事に入るときの切り替えも、しやすくなりました。休憩中に新しい情報を入れずに過ごすと、頭の中に考え事が少ない状態で、午後の仕事に入れます。忙しくて、これから処理しなければいけない業務が迫ってきているという焦りも、休憩前より落ち着いています。
体の疲れが取れているかどうかとは、また別の感覚です。それでも、午前中の続きをそのまま引きずらずに、午後を始められるようになりました。
それでも、休憩中にスマホを見たくなる日はある
こう決めていても、休憩中についスマホを触りたくなる日はあります。
気になる連絡が来ていないか、次の予定の時間まであとどれくらいか。そういうことが気にかかる日は、つい画面を見てしまいます。忙しかった日ほど、休憩中もそわそわして、手が伸びやすくなる気がします。毎回きっちり守れているわけではありません。
それでも、休んだ気がしない日が続いたときだけ、また目を閉じる時間に戻すようにしています。
情報を減らす休憩が、誰にでも合うとは限らない
ここまで書いたのは、あくまで私に合っていた休み方です。同僚との会話やスマホを見ることが気分転換になる人もいます。
私が言いたいのは、「休憩中はスマホを見ない方が正しい」ということではありません。自分が休憩後にどう感じているかを、一度見てみる。その材料として、私は「情報を減らす」を使っています。
今日できる、小さな一歩

次の休憩で、スマホを見ずに過ごせる時間を1分だけ作ってみます。
目を閉じるだけでも、窓の外を見るだけでも構いません。今日はそれだけで十分です。
おわりに
休憩時間は、何かで埋めなくていい。私はそう考えています。
情報を入れない時間を作ることが、休憩の中身になることもあります。何をするかではなく、何を入れないかで休憩を考えることもできる。それだけでも、休憩の過ごし方の選択肢は少し増えると思います。
仕事に戻ってから、頭が少し軽いと感じられたら、それで十分です。
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