思い出の品が捨てられない人へ。無理に捨てず、「残す枠」を決める

整える暮らしシリーズの片付け系アイキャッチ画像 整える暮らし

物を減らそうと、押し入れの奥から箱を引っぱり出す。

中に入っているのは、昔の写真、もらった手紙、旅行先で買った小物。ずっと使っていないのは、分かっている。でも、手に取ると、そこで動きが止まる。

「これは、思い出だから」。そう思って、また箱を閉じる。そして、押し入れの奥に戻す。

——そんなふうに、「思い出の品だけは、どうしても捨てられない」人に向けて書きます。

結論を先に言うと、思い出の品が捨てられないのは、あなたの決断力が足りないからではありません。思い出の品は、「捨てる・捨てない」より先に、「どこまで残すか」を決める物なのかもしれません。

押し入れから出した思い出の品の箱、開けたまま手が止まる

捨てられないのは、執着しすぎだからではない

まず言っておきたいのは、思い出の品を捨てられないのは、あなたが物に執着しすぎているからでも、片づけが下手だからでもない、ということです。

片づけの本やSNSでは、よく「使っていない物は手放そう」と言われます。この考え方は、たしかに役に立ちます。服や日用品なら、「使っているか」で判断すれば、たいてい答えが出ます。

でも、思い出の品には、この物差しが効きません。

なぜなら、思い出の品は、使うために持っているのではないからです。昔の写真も、もらった手紙も、日常で「使う」ことはありません。それでも、捨てられない。当たり前です。用途で持っているのではなく、気持ちで持っているのですから。

「使っていない物は手放す」というルールを、思い出の品に当てはめようとすると、苦しくなります。そのルールは、もともと、思い出の品のために作られたものではないのです。

だから、思い出の品が捨てられなくても、片づけができない自分だと落ち込む必要はありません。むしろ、その物に、実用品とは違う気持ちがある、ということでもあります。

「捨てる・残す」の二択が、手を止める

私にも、覚えがあります。

物を減らそうとするたびに、思い出の品の箱の前で、いつも止まっていました。

「これは捨てる。これは残す」と、一つずつ決めようとする。でも、思い出の品は、どれも「捨てる」に振り分けにくい。かといって、全部残すと、箱はいつまでも減りません。結局、決めきれずに、また箱ごと押し入れに戻す。その繰り返しでした。

あるとき、気づきました。手が止まるのは、私が優柔不断だからではなく、「捨てるか、残すか」という二択そのものが、思い出の品に向いていないからだ、と。

一つひとつを「捨てる価値があるか」で裁いていく作業は、思い出と向き合うたびに、心を使います。一つずつ「残す理由」を自分に説明しようとすると、それだけで疲れてしまう。疲れて当然なのだと思います。

捨てるのをやめて、「残す枠」を決める

思い出専用の箱一つに集めた写真や手紙、上限を決めた収納

そこで、考え方を変えました。

一つずつ捨てるかどうかを決めるのではなく、「ここまでは残す」という枠を、先に決める。

具体的には、こんなふうにしています。

  • 思い出の品専用の入れ物を、一つ決める:箱でも、引き出し一段でもかまいません。「思い出は、ここに入るぶんだけ」と、場所で上限を決めます。
  • その枠に入るぶんは、迷わず全部残す:枠の中の物は、捨てるか悩みません。残していい物、と最初から決まっています。
  • 枠からあふれたときだけ、その中で見直す:新しく増えて入りきらなくなったら、そのとき初めて、中を見直します。すぐに選べなければ、無理に減らさず、いったん保留にしてもかまいません。

ポイントは、「減らす」のではなく、「上限を決めて、その中で共存する」という発想です。

思い出の品は、ゼロにする必要はありません。かといって、置き場所が決まらないまま増えていくと、持っていること自体が、少しずつ負担になることもあります。だから、「この箱一つ分まで」と枠を決めて、その中では自由に持つ。枠があることで、捨てる苦しさも、増え続ける不安も、少し扱いやすくなりました。

かさばる物は、形を変えて枠に収める、という手もあります。たとえば、大きな写真やアルバムは、スマホで撮って画像として残しておく。手紙も、特に大事な数通は現物で残し、それ以外は写真に撮っておく。

もちろん、撮ったからといって、すぐ現物を捨てる必要はありません。写真に撮って、しばらく置いて、それでも大丈夫だと思えた物だけ、手放せばいい。データで残すなら、あとで見返せる場所に保存しておくことも大事です。スマホは、いつか壊れたり、なくしたりすることもあるので。「捨てる」ではなく「別の形でも残しておく」と考えると、手放すハードルが、少し下がりました。

やってみて、変わったこと

「残す枠」を決めて、まず変わったのは、押し入れの中身の量ではありませんでした。

思い出の品と向き合うときの、気持ちの重さです。

以前は、箱を開けるたびに、「これを捨てるか決めなきゃ」というプレッシャーがありました。今は、箱の中はすべて「残すと決めた物」なので、開けても、ただ懐かしく眺めるだけで済みます。

不思議なことに、枠を決めてから、一つひとつの物を、前より大事にできるようになった気がします。全部を漠然と抱えていたときより、「この箱に入っている物が、私の大事な思い出」と決まっているほうが、輪郭がはっきりする。箱の中に何があるのか、自分でも把握しやすくなりました。

もちろん、これは私のやり方で、全員に合うとは限りません。それでも、「捨てる・残す」の二択で苦しんでいたころより、私にはずっと楽でした。

疲れている日に、思い出と向き合わない

介護の仕事をしていると、疲れがたまっている日が多くなります。そういう日に、思い出の品の整理を始めるのは、おすすめしません。

思い出の品と向き合うのは、実用品を片づけるのとは、使うエネルギーが違います。感情が動く作業です。疲れているときにやると、感傷的になって、余計に消耗したり、勢いで手放して後悔したりしやすくなります。

だから、思い出の整理は、心に少し余裕がある日に、少しずつ。夜勤明けや、気持ちが落ちている日には、箱を開けないほうがいい。

「枠を決める」だけなら、中身を一つずつ見直すより、負担は少なくて済みます。今日は箱を開けずに、入れ物や引き出しを一つ決めるだけでもいい。中身をどうするかは、また別の、元気な日に回せば大丈夫です。急ぐ必要は、どこにもありません。

全部残したい人は、それでいい

念のために書いておくと、これは「思い出の品を減らすべき」という話ではありません。

全部残しておきたい人は、そのままでいいと思います。思い出の品は、その人にとって、お金には換えられない価値のある物です。他人が「減らせ」と言えるものではありません。

ここで書いたのは、あくまで「減らしたい気持ちはあるのに、捨てられなくて苦しい」人への、一つの折り合いのつけ方です。捨てなくていい。ただ、置き場所だけ決めておくと、気持ちが少し軽くなることがある。それだけの話です。

今日できる、小さな一歩

定位置に置かれた思い出の箱、居場所が決まって落ち着いた棚

今日は、一つだけ。

思い出の品を入れる「枠」を、一つ決めてみてください。

空いている箱でも、引き出しの一段でも、書類ケースや紙袋一つでもかまいません。棚の一区画を「思い出コーナー」にするのでも大丈夫です。迷うなら、まずは靴箱くらいの大きさでも十分です。大きな箱を用意するより、「ここに入るぶんだけ」と思える小さな枠から始めるほうが、気が楽です。「思い出は、ここに集める」と、場所を一つ決めるだけ。

中身は、まだ触らなくて大丈夫です。あちこちに散らばっている思い出の品を、これから少しずつ、そこに集めていく。その入れ物を決めるだけで、今日は十分です。

捨てるかどうかは、その先の、元気な日に考えれば間に合います。

おわりに

思い出の品が捨てられないのは、あなたが優柔不断だからではありません。思い出の品は、「使うか」で測れず、「捨てるか残すか」より先に、「どこまで残すか」を決めればいい物だからです。

一つずつ捨てるのではなく、残す枠を決めて、その中で共存する。

無理に手放さなくていい。ただ、居場所を決めてあげる。それだけで、思い出の品との付き合いが、少し楽になるかもしれません。少なくとも、私にはそうでした。


次に読む

まだ使える物が、もったいなくて捨てられない人へ
「使っているか」で見る、実用品の手放し方です。
「もったいない」で捨てられない人へ

何から捨てるか、判断に迷う人へ
「迷ったら捨てる」より、判断軸を一つ決める話です。
捨てられない人へ。判断軸を1つ決める

捨てたあとの後悔が、怖い人へ
実際に捨ててみて、後悔はほとんどなかったという話です。
捨て活で後悔したものは、ほとんどなかった

片づけや捨て活を、まとめて見直したい人へ
片づけの記事をまとめています。
片づけの記事まとめ

物を減らすこと全体を、まとめて見直したい人へ
捨て活・物選びの記事をまとめています。
物が捨てられない人へ|捨て活・物選びの記事まとめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました