手伝ってもらうと「返さなきゃ」と思う人へ。助けを貸し借りだけで考えなくていい

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誰かに手伝ってもらった。

助かったはずなのに、そのあとで「返さないと」という気持ちが残る。

——そんな人に向けて書きます。

先に結論を言うと、助けを、一対一の貸し借りだけで考えなくていいのだと思います。返す相手も、返し方も、決まっているわけではありません。

手伝ってもらったあとに、残るもの

手が回らなくて、誰かに助けてもらう。

その場は助かります。ただ、終わったあとに残るものがあります。

あの人に何か返さないといけない。

同じくらいの手間を、同じ人に、なるべく早く。そういう計算が始まります。

助けてもらったこと自体はありがたいのに、そのありがたさが、そのまま宿題になっています。

返せないと思うと、次から頼めなくなる

前に手伝ってもらったぶんを、まだ返せていない。そう思っていると、次に困ったときに声をかけにくくなります。

返していないのに、また頼むのか。

そう考えて、一人で抱えるほうを選びます。すると、次に頼むことまで少しずつ重くなっていきます。

夜の一人暮らしの部屋。木のテーブルに、置いたばかりのカバンと飲みかけのマグカップがある

同じ形で返そうとすると、条件が増える

返そうとするとき、たいてい「同じくらいのこと」を考えます。

ただ、同じ形で返すには条件が要ります。

その人が困っていて、こちらの手が空いていて、自分にできる内容で、同じくらいの手間で。全部がちょうどそろう機会は、限られます。

だから、返す機会を待っているうちに、返していない状態だけが続きます。

返す気がないのではなく、返す形を狭く決めすぎているのかもしれません。

私の場合は、力の配分で決めている

私も、仕事では誰かに手伝ってもらうことがあります。

頼むかどうかを決めるとき、見ているのは「自分一人でできるかどうか」ではありません。今日の自分の力を、どこに配るかのほうです。

たとえば、頑張れば一人でできる仕事があったとします。ただ、それに九割の力を使って一つ終わらせるより、三割の力で三つ片づけるほうを選びます。

一人でやりきったかどうかより、その日の仕事全体がどう回るかのほうを見ています。同時に進んでいることが多い仕事だと、一つに全部を使ってしまうと、そのあとが動かなくなります。

一人でできるかどうかは、基準にしていない

「頼む=できない」ではないのだと思います。

一人でできることでも、頼むことがあります。できないから頼むのではなく、そこに全部使いたくないから頼みます。

一人で抱えたら今日はどれくらい力を使うだろう、と一度見ると、頼むかどうかを別の基準で考えられます。これは遠慮の話ではなく、配分の話です。

そして、そう考えていると、手伝ってもらうことを「自分にはできなかった分を借りた」とは受け取らなくなります。 一人で抱えずに、その日の仕事をどう回すかを選んだ結果に近いからです。

助けを、同じ人へ同じ形で返さなくてもいい

私は、手伝ってもらったあとに「返さないと」とはあまり思っていません。

自分も普段から、手が空けば誰かのフォローに入っているからだと思います。そのため、自分だけが一方的に借りを増やしたという感覚にはなりません。

そして、自分が誰かを手伝ったときも、その人に返してほしいとは思いません。

それより、その人が次の誰かのフォローに回ってくれたらいいと思っています。

助けてもらった分を、必ず同じ人へ、同じ形で返さなくてもいいのだと思います。

夜の同じ部屋。木のテーブルに開いたノートとペン、横にマグカップ。ページには短い線と丸だけが書かれている

相手も、同じ帳簿をつけているとは限らない

自分が「まだ返していない」と思っていても、相手も同じように数えているとは限りません。

手伝った側は、そのときにできることをしただけ、と考えていることもあります。

それなのに、自分の中だけで「一回借りた」と数え続けると、返済の終わりが分からなくなります。

受け取った一回だけを切り取って、「自分は返せていない」と決めなくてもいいのだと思います。自分も別の日に、別の人を手伝っているかもしれません。

その帳簿が残っていると、その人に次に頼むときだけ、前より声をかけにくくなることがあります。相手が何も求めていなくても、です。

お礼を言わなくていい、という話ではない

ここは分けておきたいところです。

助けてもらったらお礼を言う。それはそのままでいいと思います。言いたいのは、お礼を伝えたあとに、「同じだけ返す」という宿題まで足さなくてもいいということです。

もちろん、いつも同じ人ばかりに負担が偏っているなら、それは別に見たほうがいいと思います。

ここで言いたいのは、助けてもらうたびに、同じ量を同じ人へすぐ返さなければならない、ということではない、という話です。

翌朝の玄関のそば。カーテンから朝の光が入り、出勤用のカバンが一つと靴が一足そろえて置かれている

今日できる、小さな一歩

もし何か一つだけ試すなら、最近誰かに手伝ってもらったことを一つ思い出して、「自分は何を返さなきゃと思っているか」を見てみてください。

同じ人に。同じくらいの手間で。なるべく早く。

そこまで相手と約束したわけではなく、自分で足した条件があるかもしれません。

今日は、それがあるかを見るだけで十分です。

おわりに

手伝ってもらったあとに「返さないと」と思うのは、相手に負担をかけたままにしたくない気持ちからかもしれません。

ただ、助けてもらった分を、同じ人へ、同じ量で、すぐ返す必要があるとは限りません。

私の場合、頼るかどうかは「一人でできるか」より、その日の力をどこに使うかで考えています。そして、自分が誰かを手伝ったときも、その人から同じ形で返してほしいとは思いません。

手が空いた人が、そのとき困っている人を少し手伝う。 そうやって回る助け方もあると思います。

だから、「まだ返していない」ことだけを理由に、次に頼む選択肢まで消さなくていいのだと思います。

お礼を伝えたあとに、自分で返済の宿題まで足していないか。まずはそこを一度見るくらいで十分だと思います。

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