一人の時間ができると、落ち着かない人へ。孤独は「埋める」より「味わう」でいい

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休みの日。特に予定もなく、一人で部屋にいる。

数分もしないうちに、なんとなく手が伸びる。SNSを眺める。動画を開く。特に用事もないのに、誰かのアイコンだけ見に行く。

別に、誰かと話したかったわけではない。ただ、一人の時間が、なんとなく落ち着かなかっただけだ。

——そんなふうに、「一人の時間ができると、つい何かで埋めてしまう」人に向けて書きます。

結論を先に言うと、それは寂しがりだからではありません。一人の時間に、慣れていないだけかもしれません。

休日の静かな部屋に置かれたスマホ、一人の時間についつい手が伸びる瞬間

埋めたくなるのは、寂しがりだからではない

まず言っておきたいのは、一人の時間をつい埋めてしまうのは、あなたが寂しがりだからでも、依存しやすいからでもない、ということです。

私たちは、誰かとつながっている時間を「安心」だと感じるようにできています。既読がつく。返信が来る。それだけで、なんとなく安心する。

逆に、誰ともつながっていない時間は、なんとなく不安に感じてしまう。予定のない時間ができると、無意識にスマホを開いたり、誰かに連絡を取ったりしてしまうのは、そのためです。

せっかく一人になれた静かな時間を、その空白を、何かでついつい埋めたくなってしまう。これは、意志の弱さの問題ではありません。一人の時間の過ごし方を、あまり練習してこなかった、というだけのことです。

考えてみれば、私たちは子どもの頃から、誰かと過ごす時間の作り方は教わってきました。でも、一人の時間との付き合い方を、きちんと教わった記憶はあまりありません。だから、いざ空白ができると、戸惑うのは自然なことなのです。

「つながっている=安心」に、慣れすぎている

私にも、覚えがあります。

休みの日、特に予定がないと、なんとなく手持ち無沙汰になって、SNSを開いていました。誰かの投稿を眺めて、自分と比べて、少し落ち込んで、それでもまた開く。何をしているのか、自分でもよく分からないまま、時間だけが過ぎていきました。

一人の時間は、本当は何ともつながっていない、ただ静かな時間です。でも、その静けさに、落ち着かなさを感じてしまう。だから、何かで埋めたくなる。

考えてみれば、私たちは「誰と、いつ、何を話すか」ばかりに気を配って生きています。自分の気持ちに耳を傾ける時間は、後回しになりがちです。一人の時間を埋め続けている限り、自分が本当は何を感じているのか、聞く機会もないままになってしまいます。

孤独は、埋めるものではなく、味わうもの

伏せて置かれたスマホと湯気の立つカップ、何もしない10分間

そこで、少し考え方を変えてみました。

一人の時間は、寂しさを埋める時間ではなく、自分と静かに過ごす時間。

「情報を入れないこと」と、「一人でいることに慣れること」は、似ているようで少し違います。これは、疲れを取るための話ではなく、一人の時間そのものを急いで埋めないための話です。

具体的には、こんなことから始めました。

  • スマホを開く前に、一度だけ止まる:反射で手が伸びたら、そこで一呼吸だけ置いてみる。
  • 「誰かと話したい」のか「空白を埋めたいだけ」なのかを見る:連絡したい相手の顔が浮かぶなら、連絡していい。
  • 誰でもいいから何か開きたいだけなら、少しだけそのままにしてみる:1分でも、そのまま座っているだけで十分。

ポイントは、スマホを禁止することではありません。自分が本当につながりたいのか、ただ一人の時間に慣れていなくて反射で開いているのかを、少し見分けることです。

誰かと話す練習をしてきたように、一人でいる時間にも、少しずつ慣れていけばいい。最初はうまく止まれなくても、失敗ではありません。慣れていないことを、慣れていないままやってみている。それだけで十分な一歩です。

やってみて、変わったこと

一人の時間をすぐに埋めなくなって、まず変わったのは、暇のしのぎ方ではありませんでした。

「今、自分は疲れているのか」「ただ退屈なのか」「本当に誰かと話したいのか」。その違いに、少し気づきやすくなったことです。

スマホを開いていると、そのあたりは全部ぼやけます。一度立ち止まってみると、今の自分の状態が、少しだけ見えやすくなる日がありました。

もちろん、これで劇的に何かが変わったと言い切れるものではありません。ただ、一人の時間を「埋めるべき空白」ではなく、「今の自分を、少し確認する時間」として扱えるようになったのは、私にとっては一つの変化でした。

副産物もありました。SNSで誰かと比べる回数が、自然と減ったことです。比べる相手を見に行かなければ、比べようがありません。

正直に言うと、最初のうちは、開く前に一度止まるだけのことが、思っていたよりできませんでした。気づけば、いつも通り指が動いていることもありました。それでも、少しずつ回数を重ねるうちに、止まれる日が増えていきました。

夜勤明けの一人の時間にも

介護の仕事をしていると、休みの日が平日になることも多く、周りの人と予定が合わせづらいことがあります。一人で過ごす時間が、他の仕事の人より、自然と多くなる人もいるでしょう。

そういう一人の時間を、「予定が合わなくて寂しい時間」として過ごすか、「今日は自分のための時間」として過ごすかで、感じ方はずいぶん変わってきます。

夜勤明けで、誰にも会わず、家で一人静かに過ごす日。それを寂しい日と捉えるより、今日は自分のための時間だと捉えるほうが、私には合っていました。

シフトが不規則だと、友人と休みが合わず、誘いを断ることも増えます。「今日も一人か」と、ため息をつきたくなる日もあります。でも、その一人の時間を「予定が合わなかった残念な時間」として過ごすのと、「今日は一人でゆっくりできる日」として過ごすのとでは、同じ一日でも、終わったあとの気持ちがだいぶ違いました。

誰かとつながりたい日も、もちろんある

念のために書いておくと、これは「一人でいるべき」という話ではありません。

誰かと話したい日、連絡を取りたい日は、もちろんあります。それは自然なことで、我慢する必要はありません。

ここで書いたのは、あくまで「なんとなく落ち着かないから、反射的に埋めてしまう」場面についてです。本当につながりたいときと、ただ空白が怖いだけのときは、少し違います。その違いに、気づけるだけでも十分です。

見分け方は、そう難しくありません。連絡したい相手の顔が、はっきり浮かんでいるなら、それは本当につながりたい気持ちです。相手が誰でもいい、とにかく何か開きたい、という感覚なら、それはたぶん、空白を埋めたいだけの反射です。

今日できる、小さな一歩

夕方の光が差す静かな部屋、一人の時間と少しずつ仲良くなっていく感覚

今日は、一つだけ。

スマホを開きたくなったとき、開く前に一度だけ止まってみてください。

そして、こう聞いてみてください。「今、連絡したい相手の顔は浮かんでいるか」「それとも、ただ何かで空白を埋めたいだけか」。

顔が浮かぶなら、連絡して大丈夫です。誰でもいいから開きたいだけなら、1分だけそのまま座ってみる。それだけで十分です。

おわりに

一人の時間ができると落ち着かないのは、寂しがりだからではありません。ただ、一人の時間の過ごし方に、慣れていないだけです。

誰かと話す練習をしてきたように、一人でいる時間にも、少しずつ慣れていけばいい。

空白は、急いで埋めなくてもいい。それだけで、十分だと思います。


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