同僚からPC作業を頼まれることがあります。原因を早めに特定して直したり、様式や資料を整理したりして渡すと、「助かった」「早いね」と言われることがあります。
そのとき、私は「これくらいなら、ちょっと知ってる人なら誰でもできます」と返してしまいます。
「助かった」と言われた瞬間、先に否定の言葉が出る
「よくやってるね」「助かったよ」と言われた瞬間、頭より先に「いえ、そんな」という言葉が出てきます。職場や人前など、他の人が聞いている場面だと、なおさら反射的に否定したくなります。
自分の中では、これくらいなら知っている人なら誰でもできる、という感覚があります。特別なことをしたつもりがないから、褒め言葉をそのまま受け取れず、先に打ち消す言葉が出てしまいます。

返したあとで、相手にどう聞こえたか気になる
「これくらいなら誰でもできます」と返したあと、言い方によっては、頼んできた相手に嫌味として聞こえていないか、と気になることがあります。
相手は助かったと伝えてくれているのに、「誰でもできます」と返すことで、相手にはどう聞こえただろう、とあとから気になります。
理由は謙遜だけやなくて、自分にとっては普通のことで、慣れていたからやと思います。何度も同じ返し方を重ねてるうちに、それが自分の「いつもの言葉」として定着していきました。
「ありがとうございます」で受け取ってみることにした
褒め言葉への返し方は、否定するか、大げさに喜ぶかの二択やないと思うようになりました。
「ありがとうございます」とだけ返して、そこで終える。そう返すことは、自分で「私はすごい」と評価することと同じではありません。相手がそう感じて伝えてくれたことに、ひとまず返事をするだけです。
本当に大したことだったのか、自分ではどう思うのかまで、その場で決める必要はありません。評価を保留にしたまま、言葉だけを受け取る。そのくらいの軽さでちょうどいいと思っています。

もちろん、毎回「ありがとうございます」と返せているわけではありません。今の返し方で困っていなければ、無理に変えんでもええと思っています。私が残しておきたいのは、「否定する」以外にも返し方がある、ということです。

今日できる、小さな一歩
次に何か褒められたときの返事を、一つだけ決めてみてください。実際に褒められる場面を待たなくても、頭の中で一度言葉にしておくだけで準備になります。
「ありがとうございます」とだけ返す。今日は実際に使う場面がなくても、返し方を一つ用意できれば十分です。
おわりに
褒め言葉を否定してしまうのは、謙遜のためだけとは限りません。
そのまま受け取ることに、まだ慣れてへんだけかもしれません。
否定するしかなかったところに、「ありがとうございます」と返す選択肢を一つ残しておく。私は、それくらいで十分やと考えています。
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