毎日続いていたことが、何かの都合で一度止まる。
数日後に戻ろうとすると、なぜか前より重く感じる。同じことをするだけなのに、手がつかない。
——そんな覚えがある人に向けて書きます。
先に結論を言うと、休んだことが問題なのではないと思います。戻ろうとするときに、続けていた頃の自分を基準にしているのかもしれません。
あの一週間は、休んでよかった
私の場合は、筋トレでした。
そんなに激しいものではありませんが、二か月ほど毎日続いていました。
そこで急に勤務が変わりました。夜勤、明け、夜勤、明け。そこへ筋トレまで入れる余裕はなく、一週間休みました。
少なくとも、あのとき休んだこと自体を、間違いだったとは思っていません。
問題になったのは、そのあとでした。
困ったのは、そのあとだった
一週間で戻れると思っていました。
戻れませんでした。
そのまま三か月、まったくやらなくなりました。
私が困ったのは、休んだ一週間ではありません。そのあと、どう戻ればいいのか分からなくなったことでした。
よく「休んでもいいんですよ」と言われます。それは本当だと思います。ただ、私に足りなかったのは休む許可ではなく、戻る道のほうでした。
再開しようとすると、同じことが急に重くなる
三か月のあいだ、何度か「またやろう」とは思いました。
そのたびに、手が止まりました。
続けていた頃はできていたメニューが、再開しようと思った瞬間、急に重いものに変わるのです。
理由はあとから分かりました。
途切れているあいだに、変わるものがあります。
体は、続けていた頃と同じ負荷には慣れていません。生活からも、筋トレをしていた時間がいったん抜けます。
でも、頭の中に残っている基準だけは、続けていた頃のままです。
以前はできていた。だから、また同じところから始めようとする。
メニューは何も変わっていません。ただ、今の自分は、続けていた頃と同じ状態ではありませんでした。
だから「前と同じところから戻る」は、今の自分にとっては、高いところから始めることになります。
「また同じところから」が、実はいちばんきつい選択肢でした。

「毎日」以外の形を持っていなかった
もう一つ、あとで気づいたことがあります。
二か月毎日できていたということは、逆に言えば、「毎日」以外の形を持っていなかったということでした。
私の勤務はシフト制なので、週によって勤務の並びが変わります。夜勤が続くこともあれば、連勤になることもあります。
それでも私は、「毎日やる」という形しか持っていませんでした。
一日抜けたらどうするか。数日できなかったら、どこから戻るか。そこを何も決めていなかったのです。
毎日続いているあいだは、それでも困りませんでした。困ったのは、毎日ではなくなったときでした。
下げて再開できた。でも、また止まった
三か月たったころ、ハードルを十分の一くらいまで下げてみました。
それで再開できました。 下げれば戻れる、というのは本当だったと思います。
ただ、そのあとが続きませんでした。
続けていた頃のメニューが、ずっと頭にあったからです。
これでいいのか。そろそろ戻すべきか。負荷を上げようか。そう考えているうちに、自然とやらなくなっていました。
「やめよう」と決めたわけではありません。悩んでいるうちに、いつのまにか止まっていたという感じでした。
十分の一に下げたときは、「今日はこれだけ」と決まっていました。ところが、いつ増やすかを考え始めたところから、また判断が増えました。
小さくした状態を「仮」にしなくてよかった
あとから思うと、十分の一まで下げたこと自体は、問題ではありませんでした。
私の中で、それを「元のメニューへ戻るまでの、仮の状態」にしていたことのほうが大きかったのだと思います。
仮だと思っているから、「いつ戻すか」「そろそろ増やすべきか」という判断が生まれます。
十分の一で続けるなら、それを今の普通にしてもよかったのだと思います。
再開した日に、元へ戻る予定まで決めなくてよかった。

今回は、同じ種目に戻らなかった
そこから、一年ほど止まったままでした。
最近になって、また始めました。
前はプランクとスクワットでしたが、今回はマウンテンクライマーにしました。別のことに変えてみようとは思っていて、何にするかは、たまたま見た動画で決まりました。
やってみて気づいたのですが、私の場合、種目を変えたことで、比べる過去の記録がありませんでした。
「前はこれだけできていたのに」と考える材料そのものが、なかったのです。
もちろん、再開するなら別のことへ変えなければならない、という話ではありません。私の場合は、以前の自分との比較が一つ減った、というだけです。
続くかどうかは、まだ分かりません。始めたばかりです。
ただ、少なくとも今回は、「前のメニューまで戻すこと」を再開の条件にはしていません。

今日できる、小さな一歩
もし止まっていることが一つあるなら、「続けていた頃と同じところへ戻ろうとしていないか」だけ見てみてください。
同じ量。同じ頻度。同じやり方。
そこへ戻ることを、再開の条件にしなくて構いません。
始めた頃くらい小さくしてもいい。別のやり方にしてもいい。
そして、いつ元へ戻すかは、今日は決めなくていいと思います。
今の形を「仮」にせず、そこから始めれば十分だと思います。
おわりに
続けることは、一度も休まないことではないのだと思います。
仕事や生活が変われば、止まる日もあります。
途切れたのは毎日の記録です。それまで続けていたという事実まで、無かったことになるわけではありません。
ただ、再開するときに、続けていた頃の自分を基準にすると、同じことが急に重くなります。
戻る先は、続けていた頃でなくていい。始めた頃まで戻ってもいい。同じやり方でなくてもいい。
そして、小さく再開したあと、いつ元へ戻すかまで決めなくていい。
私自身、今回が続くかどうかはまだ分かりません。少なくとも今は、以前の自分へ戻ることを、再開のゴールにはしていません。
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