休みの日に、気合を入れて作り置きをする。
数時間キッチンに立って、タッパーをいくつも並べて、冷蔵庫にきれいに詰める。これで平日は楽になるはず——そう思っていたのに、気づけば手が伸びず、週の終わりには容器の底で、料理が少し萎びている。
そしてまた思う。「今度こそ、ちゃんと続けよう」と。でも、また続かない。
夜勤明けや連勤のあとの休みは、料理をする日というより、まず体を戻す日になりがちです。それでも「平日のために」と、重い腰を上げて仕込んできた人も多いと思います。
——そんなふうに、「作り置きが続かない」自分に、うんざりしている人に向けて書きます。
結論を先に言うと、作り置きが続かないのは、あなたがズボラだからではありません。作り置きが、いつの間にか「もう一つの家事」になっているからかもしれません。

続かないのは、意志が弱いからではない
まず言っておきたいのは、作り置きが続かないのは、あなたの意志が弱いからではない、ということです。
作り置きは、暮らしの本やSNSで「疲れた人の味方」のように語られます。だから、続かないと「みんなできているのに、自分だけ」と感じてしまう。
でも、よく考えてみてください。作り置きは、休みの日に何時間もキッチンに立つ作業です。買い出しをして、何品も同時に作って、粗熱を取って、容器に詰めて、洗い物をする。
これは、立派な「家事」です。しかも、かなり重い部類の。
疲れをためた体で、休みの日にその大仕事をこなす。それが続かないのは、当たり前なのかもしれません。悪いのはあなたではなく、「作り置き」という方法が、今の暮らしに対して重すぎるだけなのです。
元気な日の自分が立てた計画は、疲れた日の自分には重い
作り置きには、もう一つ見えにくい負担があります。
それは、「元気な休日の自分」が立てた計画を、「疲れた平日の自分」が実行しなければならない、という構造です。
休みの日、少し元気なときは、こう考えます。「これだけ作っておけば、平日は温めるだけ」。
でも、平日の夜、実際に帰ってきた自分は、へとへとです。その「温めるだけ」の一手間さえ、重く感じる日がある。皿に移すのも、火にかけるのも、面倒でたまらない。
結局、コンビニに寄って帰る。冷蔵庫の作り置きは、手つかずのまま残る。
つまり、元気な日の自分が立てた計画は、疲れた日の自分には重いのです。「これだけ作っておけば大丈夫」という見積もりは、元気な日の自分の体力が基準になっている。でも、実際に温めて、皿に移して、食べきって、容器を洗うのは、疲れた日の自分です。
元気なときの自分と、疲れているときの自分は、別人と言っていいくらい、使える力が違います。その差を計算に入れないと、作り置きは「善意の押し付け」になってしまいます。
もう一つの壁は、「飽き」
作り置きが続かない理由は、手間だけではありません。
飽きる、という問題もあります。
平日を楽にするために、同じおかずを何日も食べ続ける。最初はよくても、三日目には、もう見たくなくなる。でも、せっかく作ったから捨てられない。
「食べなきゃもったいない」と「もう食べたくない」の間で、料理がだんだん、義務になっていきます。
楽になるはずだった作り置きが、いつの間にか、心の負担に変わっている。これでは、続かなくて当然です。
正直に言うと、私も何度も作り置きに挑戦しては、やめてきました。休みの日に張り切って何品も作って、最初の二日は「やっぱり楽だ」と思う。でも三日目には手が伸びず、冷蔵庫を開けるたびに、詰まったタッパーが「早く食べて」とこちらを見ている気がして、だんだん気が重くなる。結局、いくつかは食べきれずに捨てる。その罪悪感で、「もう作り置きはいいや」となる。これを、何度も繰り返しました。
「作り置き」をやめて、「ついでに少し多めに」へ

そこで、やり方を一つ変えます。
まとめて仕込む「作り置き」をやめて、今日作るものを、ついでに多めに作る。 ただ、それだけです。
たとえば、こんな具合です。
- 味噌汁を作るなら、一杯分ではなく、二杯分作る。
- ご飯を炊くなら、一食分だけ多めに炊いて、冷凍にまわす。
- カレーや煮物を作った日は、翌日のぶんも一緒に残す。
- 惣菜を買った日も、全部食べきらず、少しだけ翌日にまわす。
火を使う日だけでかまいません。毎日やる必要もありません。「今日は少し余力があるな」と思えた日だけ、明日のぶんを少しまわすくらいで十分です。
ポイントは、新しい調理を、一回も増やさないことです。
作り置きは、「作り置きのための調理」を、わざわざ一回増やします。でも「ついでに多めに」なら、今夜どうせ火を使うそのついでに、量を少し増やすだけ。かかる手間は、ほとんど変わりません。
そして翌日は、その半分を食べる。飽きるほどの量ではないし、一日でなくなるので、冷蔵庫の底で萎びることもありません。
やっていることは、ただ「少し多く作って、明日にまわす」だけです。新しく仕込むのではなく、今日の料理を、明日に少しだけまわす。作り置きのために家事を増やすのではなく、今やっている家事の端を、少しだけ明日に残す感覚です。それだけで、平日の自炊が少し軽く感じる日がありました。
このやり方に変えてから、私の中で一番変わったのは、洗い物の量でも、時間でもありませんでした。「明日は、作らなくていい」という安心が、前の日の夜にある。この感覚が、思っていたよりずっと効きました。
作り置きのときは、「作らなきゃいけない休日」と「食べなきゃいけない平日」の両方に、追われている感覚がありました。でもこのやり方なら、追われる感じがありません。今日のついでに少し多く作る。それが自然と、明日の自分を助けている。無理に頑張った感じがないのに、平日の夜が、少しだけ楽になっていきました。
シフト勤務なら、「まとめて仕込む」より「ついでに多めに」が合う
介護の仕事は、シフトで生活リズムが毎週変わります。夜勤の週、早番と遅番が混ざる週。休みの曜日も、バラバラです。
作り置きは、「決まった休日に、まとめて仕込む」ことが前提になっています。だから、生活リズムが一定の人には、合うやり方です。
でも、休みが不規則で、しかも夜勤明けは動けない、という暮らしでは、「まとめて仕込む日」を確保すること自体が、難しい。
その点、「ついでに多めに」は、仕込みの日をつくる必要がありません。火を使う日に、少し多く作るだけ。だから、シフトが不規則でも、崩れにくいのです。
貴重な休みを、何時間もキッチンでつぶさなくていい。休みの日は、ちゃんと休む。この違いは、疲れをためやすい仕事では、思っている以上に大きいと感じています。
「作り置きが向く人」もいる
念のために書いておくと、作り置きそのものが悪いわけではありません。
生活リズムが一定で、休みの日にまとめて動くほうが性に合っている人には、作り置きはとても効率のいい方法です。合っているなら、続ければいいと思います。
大事なのは、「みんながやっているから」ではなく、「自分の暮らしのリズムに合っているか」で選ぶことです。
不規則で、休みはまず体を戻したい。そういう暮らしなら、まとめて仕込むより、今日のついでに少し多めに作るほうが、私には合っていました。
今日できる、小さな一歩

今日は、一つだけ。
次に何か作るとき、いつもより少しだけ多めに作ってみてください。
次に味噌汁を作るとき、一杯分だけ多く作る。次にご飯を炊くとき、一食分だけ冷凍にまわす。そのくらいで十分です。
そして残ったぶんは、明日の自分にまわす。作り置きのための特別な時間は、いりません。
うまくいったら、また次のときも、少し多めに。それを続けるだけで、「仕込む日」をつくらなくても、平日の夜が少し楽になっていきます。
おわりに
作り置きが続かないのは、あなたが怠けているからではありません。作り置きが、休みの日をつぶす「もう一つの家事」になっていたからかもしれません。
まとめて仕込まなくていい。今日のついでに、少し多めに作って、明日にまわす。
それくらいの軽さのほうが、疲れやすい暮らしには、ちょうどいいのだと思います。自炊は、毎日ちゃんと続けるものではなく、疲れている日でも戻ってこられる形を、探すものなのかもしれません。
次に読む
お弁当だけでなく、平日の自炊も続かない人へ
夕食を少し多めに作って翌日にまわす、同じ考え方を夕食でやる話です。
→ お弁当作りが続かない人へ。「作る」は前の晩、朝は詰めるだけ
疲れて、夕食の献立を考える気力もない人へ
帰ってから考えないための、3つのパターンの話です。
→ 疲れて帰った夜の夕食に迷わない
そもそも自炊する気力が残っていない人へ
「考えない食事」を決めておく話です。
→ 疲れて自炊できない人へ。「考えない食事」を決めておく
食材を買っても、使い切れずに腐らせてしまう人へ
買う前に「使い道」を一つ決める話です。
→ 食材を使い切れない人へ
疲れている日でも回る暮らしにしたい人へ
疲れた日の心と暮らしの整え方をまとめています。
→ 疲れた日の記事まとめ


コメント