誰かが注意されているのを見て、身構えてしまう人へ。「自分にも当てはまるか」を一度見る

整える暮らしシリーズのメンタル系アイキャッチ画像 整える暮らし

誰かが注意されている場面に居合わせると、自分は何も言われていないのに、体がすっと固くなることがある。

声のトーンが少し強いだけで、そのあと自分の手も止まる。関係のない作業をしていても、その場の空気だけが残る。

——そんな経験がある人に向けて書きます。

先に結論を言うと、誰かへの注意に身構えたとき、その指摘の中に、自分にも思い当たる部分がないか一度見てみてもいいと思います。

その場の空気に反応していることもあれば、指摘の中身が自分にも引っかかっていることもあります。

身構えてしまうのは、気にしすぎだからではない

身構えたからといって、すぐに「自分は気にしすぎる」と決めなくてもいいと思います。

その場の空気に反応したのかもしれないし、聞こえてきた指摘の中に、自分にも思い当たる部分があったのかもしれません。

まずは、その二つを分けて見てみます。

夜、部屋の中で湯呑みを両手で持ったまま動きが止まっている手元

指摘の「中身」に反応していることもある

同じ場にいても、すべての注意が同じように引っかかるとは限りません。

たとえば、確認不足や報告の遅れ、言葉遣いについて誰かが注意されているとき。「自分も似たことをしていなかったかな」と、急に自分のこととして聞こえる場合があります。

そのとき反応しているのは、その場の空気だけではなく、指摘の中身なのかもしれません。だから身構えたときは、「自分にも当てはまることだろうか」と一度確認してみます。

身構えたら、「自分にも当てはまるか」を一度確認する

身構えたときに、無理に気持ちを切り替えようとしなくていいと思っています。かわりに、一度だけ自分に聞いてみてください。

  • これは、自分にも当てはまることだろうか。
  • 当てはまらないなら、自分への注意として抱えなくていい。
  • 当てはまるなら、自分を責める材料ではなく、次に気をつける材料として一つ残す。

どれも、新しく何かを始める話ではありません。反応したときに、一度立ち止まって仕分けるだけです。

仕分けた結果、当てはまる部分が見つかったら、「次はそこだけ確認しよう」くらいで十分だと思います。指摘されているのは自分ではないので、その場で結論を出さなくてもいいはずです。

同じ部屋のテーブルで、開いたノートの上に手が止まっている様子。ペンが一本置かれている

私は、身構えるより先に「気をつけよう」と思う

私自身は、誰かが注意されているのを見て、自分まで緊張したり身構えたりすることは、あまりありません。むしろ、それを見て「自分も気をつけよう」と思うくらいです。

ただ、指摘の内容や言い方によっては、ざわっとすることがあります。振り返ると、そういうときは、自分にも思い当たる内容だったことがあります。

私の場合は、ただその場に居合わせたことより、聞こえてきた内容のほうに引っかかっていたようです。ざわっとした自分を、「気にしすぎた」と片づけなくてよかったと思っています。

申し送りや新人指導の場面で

介護の現場では、申し送りやスタッフ同士の確認の場面で、誰かのやり方について確認や訂正が入ることがあります。私は仕事で、そういった申し送りやスタッフ同士の確認に関わることもあるので、居合わせることが多いです。

一人ひとりに気を配る仕事なので、確認や記録について、職員同士で声をかけ合う場面もあります。聞いている側としても、他人事では終わらない場面が多いと感じています。

そこで感じるざわつきは、指導そのものへの反応というより、「自分も同じことをしていないか」という点検の合図なのだと、今は捉えています。

朝、窓からの光が差し込むテーブルの上に置かれた観葉植物

毎回きちんと仕分けられなくてもいい

毎回きちんと仕分けられなくてもいいと思います。身構えたまま、その日は終わってもかまいません。

心当たりがなくても、その場の空気に反応することはあると思います。それは気にしすぎではなく、単にその場の空気に反応しただけ、ということもあります。

仕分けが得意な人も、苦手な人もいると思います。得意でなくても、この記事の内容を知っているだけで、次に身構えたときに一度思い出せれば十分です。

今日できる、小さな一歩

もし何か一つだけ試すなら、最近、誰かが注意されている場面で自分も少しざわついたことを一つ思い出してみてください。

そして、「あの指摘は、自分にも当てはまる内容だっただろうか」と一度だけ見てみます。

答えを出さなくてもかまいません。今日は、自分が何に反応していたのかを一度見るだけで十分です。

おわりに

誰かが注意されている場面で身構えたからといって、すぐに「自分は気にしすぎる」と決めなくてもいいと思います。

その場の空気に反応しただけかもしれない。でも、指摘の中に、自分にも思い当たる部分があったのかもしれません。

だから、一度だけ「これは自分にも当てはまるだろうか」と見てみる。当てはまらないなら、自分への注意として抱えなくていい。当てはまるなら、自分を責める材料ではなく、次に気をつける材料にする。

身構えた理由をすぐ決めるより、何に反応したのかを一度見る。そのくらいでいいのだと思います。

次に読む

苦手な人の態度が気になって、自分のせいだと考えてしまう人へ
「自分のせい」はまだ決まっていない、という話です。
苦手な人の態度が気になる人へ。「自分のせい」はまだ決まっていない

嫌だったことを何度も思い出してしまう人へ
考えているのは、次への備えかもしれない、という話です。
嫌だったことを何度も思い出してしまう人へ。考えているのは、次への備えかもしれない

一つの出来事で「自分はいつもダメ」と思う人へ
事実の範囲に戻す、という話です。
一つの出来事で「自分はいつもダメ」と思う人へ。事実の範囲に戻す

疲れをためない暮らしの記事を、まとめて読みたい人へ
休み方・疲れまわりの記事をまとめています。
疲れている日でも回る暮らしを作りたい人へ|こたログ記事まとめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました