遅番を終えて、家に帰る。ソファに座って、ようやく一人になる。
なのに、なぜか気が休まらない。体は休んでいるのに、頭のどこかが、まだ張っている。テレビをつけても内容が入ってこないし、ふと気づくと、利用者さんから言われた理不尽なひと言や、同僚の何気ない一言を、頭の中で何度も考え続けている。
——そんなふうに、家に帰っても気が休まらない人に向けて書きます。
先に結論を言うと、休めないのは、あなたが休むのが下手だからではありません。仕事で張りつめた気が、まだ抜けていないだけかもしれません。

気が休まらないのは、切り替えが下手だからではない
まず言っておきたいのは、家で気が休まらないのは、あなたの切り替えが下手だからでも、心が弱いからでもない、ということです。
介護の仕事は、気を張り続ける仕事です。利用者さんが転ばないか、体調が急に変わっていないか、食事のときに詰まらせないか。勤務中は、そういう小さな警戒を、ずっと働かせています。
この張りは、意識してやっているというより、体が勝手にそうなっています。だから、仕事が終わって「はい、おしまい」と思っても、スイッチのように、すぐには切れません。
家に帰って体は座っていても、気持ちのほうは、まだ職場に置いてきたまま。これは、あなたの気の緩め方が下手なのではなく、それだけ真剣に仕事をしている、ということだと思います。
「気を抜こう」としても、抜けない理由
では、どうすれば気が休まるのか。
私は以前、「早く気を抜かなきゃ」「休まなきゃ」と、自分に言い聞かせていました。でも、そう思えば思うほど、かえって力が入って、うまくいきませんでした。
あるとき気づいたのは、気の張りは、「抜こう」と思って抜けるものではない、ということでした。
緊張というのは、頭で「はい解除」と念じても消えません。むしろ「休まなきゃ」と考えること自体が、一つの気の張りになってしまう。休むことが、もう一つの仕事のようになっていたのです。
しかも介護の仕事は、終わりの区切りが曖昧です。申し送りを終えても、気になる利用者さんがいれば、頭に残る。あの対応でよかったか、記録に漏れはなかったか、と家で考え続けることもあります。休憩中でさえ、コールが鳴らないか、どこかで気にしている。仕事とそれ以外の境目が、はっきりしないまま、家まで持ち帰ってしまうのです。
つまり、家で休まらないのは、休む技術の問題ではなく、仕事モードから抜ける「区切り」がないことが原因でした。
「仕事モードを脱ぐ」動作を、一つ決める
そこで、考え方を変えました。気を「抜こう」とするのをやめて、仕事モードを「脱ぐ」きっかけを、一つ作ることにしました。
制服を脱ぐように、仕事の緊張も、体の動作で脱いでしまう。
そこで私は、帰宅後の手洗いを「今日の仕事はここまで」の合図にしました。手を洗うこと自体は、もともとしていたことです。新しい習慣を増やしたのではなく、いつもの動作に、区切りの役割を一つ持たせただけです。
手洗いでなくても、かまいません。着替える、お茶を一杯いれる、決まった音楽をかける。自分が毎回できそうな物を、一つだけ選べば十分です。大事なのは、いくつも続けることではなく、同じ動作を一つだけ、仕事の終わりの合図として使うことです。
もし家にいるのに利用者さんのことを考えていたら、「今は家にいる」と、心の中で一言そえるだけでもいい。無理に考えを止めなくて大丈夫です。
ポイントは、気合で気を抜くのではなく、仕事モードを脱ぐ合図を、帰宅後の動作に持たせることです。緊張がすぐ消えるわけではありません。それでも、「今日の仕事はここまで」と自分で区切るきっかけにはなります。
やってみて、変わったこと

この切り替えの動作を作って、まず変わったのは、疲れが完全に取れるようになったこと……ではありませんでした。
仕事モードが続いていることに気づいて、家の時間へ区切りを入れやすくなったことです。
以前は、家に帰っても気持ちが職場に残っていて、夜になっても、なんとなく落ち着きませんでした。今は、帰って手を洗うときに「今日の仕事はここまで」と区切ると、そこから家の時間だと、自分で確認できるようになりました。
緊張が消えるわけではありません。それでも、仕事が終わったことを自分で確かめる区切りにはなっています。少なくとも私には、頭だけで切り替えようとするより、合っていました。
もちろん、気になる利用者さんがいる日は、どうしても頭に残ります。ただ、「仕事」と「家」のあいだに、うすい境目が一本引けたことで、仕事を家まで持ち帰っているような感覚が、以前より短くなった日が増えました。私にとっては、それだけでもずいぶん楽になりました。
夜勤明けは、特に抜けにくい
介護の仕事の中でも、夜勤明けは、特に気が抜けにくい時間です。
夜勤明けは、眠いはずなのに、頭だけまだ勤務中のように冴えている日があります。夜勤は、静かな時間にこそ神経を使うので、何事もなく朝を迎えても、長い時間続いた警戒は、帰宅しただけでは、すぐに終わりません。
そういう日は、いつもの切り替えの動作だけでも、通しておく。手を洗って、着替えて、カーテンを閉める。それで気が完全に抜けなくても、「仕事は終わった」と体に伝えるだけで、少しは違います。
連勤の途中も同じです。明日も仕事だと思うと、気持ちが休みきれない。それでも、帰宅後の区切りを一つ通すことで、「今日の分は終わり」と、一日を区切ることはできます。
気を張れるのは、悪いことではない
念のために書いておくと、これは「常に気を抜きなさい」という話ではありません。
勤務中に気を張ってしまうのは、転倒や急変を見落とさないよう、注意を続けてきた反応でもあります。その緊張自体を、悪いものとして責めなくて大丈夫です。ただ、仕事が終わったあとまで抱え続けてしんどいなら、家へ戻る区切りを一つ作ってもいいと思います。
完全に気を抜ける必要もありません。切り替えの動作をしても、うまく抜けない日はあります。そういう日は、抜けないまま過ごしてもいい。無理に「休めた自分」にならなくて大丈夫です。
もともと家でしっかり休めている人は、今のやり方のままで、何も問題ありません。ここで書いたのは、あくまで「家に帰っても気が張ったままで、しんどい」人に向けた、一つの逃げ道です。
今日できる、小さな一歩

今日は、一つだけ。
次に家へ帰ったとき、「これで今日の仕事はおしまい」にする動作を、一つ決めてみてください。
手を洗う。部屋着に着替える。お茶を一杯いれる。どれか一つで十分です。迷うなら、まずは帰宅後の手洗いでかまいません。いくつも増やさず、同じ動作を一つだけ、と決めておくのが大事です。
今日は仕事がないなら、次の帰宅で何を合図にするか、決めておくだけでも大丈夫です。
おわりに
家に帰っても気が休まらないのは、あなたが休むのが下手だからではありません。仕事で張りつめた気が、まだ抜けていないだけかもしれません。
気は、「抜こう」と思って抜けるものではありません。でも、仕事モードを「脱ぐ」合図を一つ持っておくと、仕事の終わりを、自分で確認しやすくなります。
家で休まらないのは、休み方の問題ではなく、仕事と家のあいだに、気持ちを切り替える区切りが見えないままなのかもしれません。少なくとも私にとっては、いつもの動作を一つ合図に決めたほうが、気持ちの切り替えが、ずっと楽になりました。
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