「もっと大変な人がいる」と思ってしまう人へ。自分の状態は、順位とは別に見ていい

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しんどいな、と思ったあとに、すぐ別の考えが浮かぶ。

——もっと大変な人がいる。

そう思うと、それ以上は言えなくなる。

——そんな人に向けて書きます。

私も、ニュースを見て「まだいい」と思う

私にも、この考えはあります。

今の仕事をしんどいと思うことはあります。それでも、ニュースなどで他の施設の厳しい勤務状況を見ると、「それに比べれば、まだいいほうかな」と思います。

条件だけを比べれば、そう言えることもあると思います。

ただ、「他よりはまだいい」と分かったことと、今の自分が疲れているかどうかは、別の話でした。

夜の部屋。木のテーブルでスマートフォンを持つ手元と、湯気の立つマグカップに添えた手。画面の中身は読み取れない

「もっと大変な人がいる」を、無理に打ち消さなくていい

自分より厳しい状況で働いている人がいることはあります。人手が足りていない職場も、余裕のない生活も、実際にあります。

だから、この考えそのものを「間違っている」として消そうとしても、うまくいきません。

大事なのは、その考えが正しいかどうかではなく、比べたあとに、自分の状態まで無かったことにしていないかだと思います。

比べている相手は、自分の隣にいないことがある

「もっと大変な人」と考えたとき、思い浮かべているのは誰でしょうか。

自分が直接知っている誰かではなく、ニュースや記事で見た人を思い浮かべていることがあります。

ニュースや記事では、問題が大きい事例が目に入ります。長時間の勤務、人手不足、厳しい労働環境。印象に残るのは、そういう場面です。

そのため、自分を比べるときにも、遠くで見聞きした厳しい事例が基準になっていることがあります。

自分の普段の一日と、遠くの誰かの切り取られた厳しい場面を並べている。 そういう形になっていることがあります。

しかも、その相手の暮らし全体を知っているわけではありません。

比べ続けると、基準はどこまでも動く

「もっと大変な人がいる」と考えると、その比較には終わりがありません。

一つ厳しい例を思い浮かべても、さらに厳しい例を探すことができます。

もし、「もっと大変な人がいる限り、自分はまだ言わない」という基準にしてしまうと、なかなか条件を満たせません。

比較する相手を変えるたびに、基準のほうも動いてしまうからです。

何かをしようとしたときに、この言葉が出ることもある

「もっと大変な人がいる」という言葉が、何かをしようとしたところで出てくることもあります。

休みを相談しようとしたとき。「最近きつい」と口に出そうとしたとき。体調のことで受診を考えたとき。

そこで「でも、もっと大変な人がいる」と考えて、いったん止まる。

もしそういう場面でこの言葉が出てきたなら、その直前に自分が何をしようとしていたかを見る材料にはなると思います。

一人暮らしの部屋。木のテーブルにスマートフォンが伏せて置かれ、その横に飲みかけのマグカップがある

自分のときだけ、比較相手を増やしていないか

誰かが「最近きつい」と話したとき、その人の状態を見る前に、別のもっと大変な人を探すでしょうか。

ところが自分のことになると、「でも、あの人のほうが大変だから」と、比較する相手を一人追加してから、自分の状態を判断することがあります。

職場でも、「自分はこんなに大変なのに」と、他の人と比べる言葉が出ることがあります。反対に、「自分はまだましだから」と、自分を黙らせる方向に比較を使うこともあります。

この記事で見たいのは、後者のほうです。

「まだいい」は、見立てであって、対処ではない

「まだいいほうだ」は、状況を比べた結果です。見立てとしては、合っていることもあります。

ただ、その見立てが当たっていても、今の自分の状態まで確認できたことにはなりません。

他より条件がいいと分かっても、

  • 眠れているか
  • 食事は取れているか
  • 休みの日に少し戻れているか

という自分側の確認は、別に残っています。

そして、「まだいい」で話を終えてしまうと、そのあとにするはずだったこと——早めに寝る、休みを取る、誰かに言う——が始まらなくなります。

避けたいのは、比べること自体ではなく、比べたところで止まってしまうことだと思います。

自分の状態は、順位とは別に確認できる

自分の状態を確認するのに、「誰かより大変」という条件は要りません。

疲れが寝ても取れない。休みの日に何もできない。食欲が落ちている。そういうことは、他の人がどうであるかとは関係なく起きています。

誰かの状況が変われば自分が眠れるようになる、ということもありません。

比較して後回しにしても、自分の状態を確認する必要そのものが消えるわけではありません。

昼間の明るい部屋。木のテーブルに置いた水の入ったコップへ手を伸ばしているところ。横に閉じたままの手帳が一冊

今日できる、小さな一歩

もし「もっと大変な人がいる」と思ったら、そのあとに一言だけ足してみてください。

「それはそれとして、自分は今どうか」。

比べるのをやめなくてかまいません。眠れているか。食事は取れているか。休みの日はどうだったか。自分の状態も一緒に確認します。

その結果、「今日は大丈夫そうだ」と思う日があってもいいと思います。

はっきりした答えが出なくてもかまいません。「もっと大変な人がいる」だけで判断を終わらせなければ、それで十分です。

おわりに

「もっと大変な人がいる」と思うこと自体を、やめなくていいと思います。実際に、自分より厳しい条件の人がいることもあります。

ただ、「他よりはまだいい」と「自分は今どうか」は、別々に見ていいのだと思います。

比べたあとに、もう一言。「それはそれとして、自分は今どうか」。

そこまで確認してから、大丈夫なのか、少し休みたいのか、誰かに話したいのかを決めればいいのだと思います。

誰かより大変でなくても、自分の状態を見ることはできます。

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